毛皮コートの肩焼け
こんにちは。今日は毛皮コートの肩焼けというタイトルです。
前回、毛皮の黄ばみ取りというタイトルで書きましたが、今回は黄ばみではなく色落ちというか色が抜ける現象について書いてみます。
黄ばみは色が付くというイメージですが、肩焼けはどちらかというと色が抜けるというイメージです。
ナチュラルのミンク素材も基本的には肩の色が少し抜けることがありますが、一般的に肩の色焼けが起こりやすいのは染色をしたミンクコートのようなものに多く発生します。
その理由を少し説明します。
染色したコートが一番強く光あたる部分がエリや肩、そして袖の表側面です。ほぼ、光が直角に当たります。何故だか理由は分かりませんが、赤の染料が先にというか量が多く抜けていくのです。以前もこのことは書きましたが、ほとんどのものが赤が強く抜けていきます。
そのために色の構成が変わってしまって色の変化が起こり、肩焼けという現象が発生してしまいます。
色が焼けてついてしまうように見えますが、実際は赤の染料が抜けていくことで色の構成が変わり色が変化します。
一番わかりやすいのが紫やグレーのような色です。グレーは 赤 青 黄色 の配合がほぼ同じ割合で構成されています。この中から赤を先に抜けると考えてみてください。色は当然ですが、赤が抜けた 色になります。その結果、グレーの元色から赤が抜けると青と黄色が残り、グリーンぽくなって、これを肩焼けと言われています。色の構成から言えば当たり前のことですが、これが色焼けという現象になります。
もちろん、他の色も少しずつですが色が光に当たって抜けていきます。しかし、赤の抜ける割合と比べてすごく少ないのです。そのため赤だけが抜けてしまったように見えてしまいます。
肩焼けというと光で色が付いてしまったように見えますが、実際には赤の染料が早く抜けてしまうことによって色の構成が変化してしまうという現象なのです。
その証拠に赤が入らないグリーンのような色はどんなに光にあてても色の変化は起こりません。
そのかわり、少しずつですが色が薄くなっていきます。ただ、薄くなるといっても褪色度合いは赤に比べると僅かですのでほとんど変化を感じられないのが実際です。
ナチュラルの素材のようなものは極端に赤の色素が入っているようなものはありません。しかし、光に直接あたりやすい肩などは、全体に色が少しだけ抜けていきます。例えばパステルミンクのような薄い茶系は全体に色が何十年という期間のなかで抜けることがあり、その結果、肩部分の色が僅かですが薄くなります。しかし、染色されたものに比べれば、それほど気になるものではありません。
この染色されたものの直しは、基本的には赤を少し足してやると、ほぼ戻ります。出来れば構成色を割り出し赤以外の色も僅かに入れて色を作り、肩周辺の色の変化した部分に色を入れていきます。
毛皮で使う染料は酸性染料ですので、酸も染料に少量混ぜて毛にしっかりと入るようにしていきます。
ただ、色焼けは上にも書きましたが光が直角にあたるところが一番強く赤が抜けていきますので場所によっては色焼け度合いが薄かったり袖のようにドレープになっているところは縞模様のようになったりしますので簡単ではありません。
染料も本来の毛皮の染色と違いお湯のなかでやるわけではないので、その分、毛に定着するのが難しく、染色したというよりは、染料が付着したという状態になりやすく簡単ではないのです。
そして、この作業の一番の難しさは、人間が正確に色を記憶するというほぼ不可能なこともあり、やった結果とそれ以前の状態との比較ができないことです。例えば左右のどちらかをやって、結果の違いを見てもらい最後に残りの肩をやるということもありますが、都度お客様にご来店確認をしてもらうようになります。
懇意にしているお客様となら信頼関係が築けているのでやることができますが、それがないと、少しも変ってないと言われてしまえば、最初との比較ができないので互いに納得のいかない状態になります。
写真でも、写真自体が正しい色の表現ができませんので無理なのです。
以前、ある百貨店でクレームを訴えていらっしゃり、知り合いの都内高級のクリーニング店さんの紹介でお話しを聞いたことがあります。肩のここが、、、 エリのここが、、、 私が見る限り全く問題がないものでも、一度気になってしまわれたお客様はどうすることもできません。なんか、ここが下品になってしまったとおっしゃいます。私が、これは毛の癖で光加減でそう見えますと言っても納得されません。
ご本人はクレーマーという自覚はないのかもしれませんが、どんどん問題を大きくしてしまいます。
天然素材の弱点といいますか、前はこうではなかったと言われてしまうと、最初のお預かりした状態に仮に何もせずにいて、そのまま納品したとしても、こんな状態ではなかったと言われたら終わりなのです。
そのため、私のところでは、初めてのお客様の依頼は受けていないのです。受けるにしても、ちゃんと打ち合わせに来ていただき、お客様との会話のなかで仕事を受けるかどうかを判断させていただいております。仕事を受けて仕上げること以上に、お客様を知ることが大事なことになるのです。
例えば、相手が有名百貨店だったりすると、何百万も請求するという大クレームになることもあるのです。実際に、ほぼ、私の意見では仕上がりにまったく問題がないコートでも、一度お客様が違うといいだすと、誰もそれを止めることができません。上で書いた件も、私が訴えられる側ではありませんが相談を受けました。やはり、クレームありきでどうやったら訴えて勝てるかどうか、が論点の中心であり、もう、素直にプロの意見を聞く気はありませんでした。
そして、作り直して残ったコートはリフォームをしようと思うとおっしゃいます。普通、お作り直しをした場合は百貨店から返せと言われなくても返却が普通です。訴えられたほうは、私が元在籍していた百貨店ですので、とても心が痛みました。でも、お客様が違うと言えばそれを覆すことは私のようなプロでも難しいのです。
私が、見る限り、元のコートが大きく何かの作業によって劣化したとか肩が焼けたとかの結果が起きてなくても、一度クレームを付けられると、元からこうでしたと販売員が言ってもどうにもなりません。相手方に意図的にクレームを起こそうと言う意図がある場合や、年齢によって思い込みが激しくなっている場合なども本人がクレームをつけてやろうなどという意図がなくても、思い込みからクレームに発展します。
元の色や形を正確に写真で記録できればいいのですが、微妙な色や毛の癖をおかしいとクレームをつけられるとどうすることもできません。
それくらい、毛皮素材には難しさがあります。
難しい素材だからこそ、お客様との強い信頼関係が基本になります。
肩焼けから話がそれました。ごめんなさい。今日のテーマの肩焼けや前回の黄ばみ取り等のお直しをビジネスとして謳ってないのはネットからいただいたメールだけで注文を簡単に受けることができないからです。
仮にメールで受けるにしても何度もメールのやりとりをさせていただきます。そのなかでどれくらい真剣なのかを確認させていただきます。その後、現物を双方で確認し合います。そして、しっかりとした結果が出せそうだと思うときだけ仕事を受けます。
他所ではどうされているのかわかりませんが、私のところでは出来る限り100%を目指します。そして双方に大きなリスクがかかります。そのため慎重にならざるを得ないのです。
よく、他社でも同じような作業を請け負うところ、そして価格も表示されていらっしゃるところがたくさん見受けられます。わたしのところはビジネスにしていないこともあり価格表示はしておりません。
というか、その度合いによってまったく価格が変わりますので表示できないのが正直なところなのです。気になる方がいらっしゃいましたら一度お問い合わせくださいませ。やって良い結果が出せる自信があるときと、お客様と信頼関係が築けそうなときにだけ作業をお受けいたします。
今は、こう言うしかありません。以前の百貨店時代の思いがけないクレーム、最近の事例をみても、毛皮素材の難しさを感じます。
不安を煽るような書き方をしましたが、仕事として受ける時にはベストを尽くします。
もちろん、お客様の予算と仕上がり度合いを聞いたうえでのベストです。
もう少しだけ色が戻るといいのにな~ そうしたら着用できるのに、、なんてこともよくあります。
長澤 祐一